まだ若いけど・・・遺品整理します

12歳の頃から書いてきた日記が、たまりにたまって400冊。処分する前に、かつての熱い想いをブログ上に残しておこうと思いました。

「進路調査」1983.5.2.


 5月2日(土)
 進路調査を書き込む時、ママに言ったの。
「大学は行かない。高校出たら、海外旅行に行きたいし、アルバイトもしたい。最終的には、およめさんになる。仕事するんだったら、何か書いてみたい・・・」。ふだんから、心の中であたためてきたこと。
 そしたらママ、「そんなの、くだらない」とでも言いたそうな顔した。大学に行って、先生になってほしかった、って言うの。


 そのあと、けっこう言い合った。
 じっとうつむいてガマンしようと思っていたけど、涙が流れてとまらなかった。よくわからないけど。ママも泣いてた。
「せっかくここまで育ててきたのにさ、ここまできて、こんなことになるなんて思ってもみなかったよ・・・。おまえ、ママがどれだけ悩んだかわからないの?こういうことは言った方がいいかなとか、そんなことばっか考えて。ママはっきり言って、今ようちゃんのこと、すごく心配なんだよ。半年ぐらい前から、ママにぜんぜん心ひらいてくれないし・・・」。


 はっきり言って、つまんない夢かもしれない。でも、せっかく正直に話したのに、あんな風に否定されて傷ついた。
 でも・・・とりあえず、がんばる。勉強しなきゃあ。


* * * * * * * * *


 これを読んで、とても意外に思いました。両親とは進路をめぐってかなり衝突していた記憶はあるけれど、こんな風に本音をぶつけて話し合ったこともあったんだ、と驚きました。とにかく私は「愛してもらえなかった」という思いに悩まされ続けて今まで生きてきた人間ですが、あの母親が、私になんと言おうか真剣に悩んでいたと、打ち明けたことがあったんですね。それを聞いて、私も心動かされ涙を流していた(いずれにせよ、子どもの夢をくだらないと否定することは絶対あってはならないと思いますが)。こういった事実は日記に書いておかないと、自分の記憶と思い込みによって、消し去られてしまいます。
 ・・・ただ正直に言って、それでもまだ「すごく心配って、要するに大学に行ってほしかっただけでしょ。娘が高卒になったりしたら恥ずかしいと思ってただけでしょ」と思っている自分がいます。


 大学にさえ行けばいい、とにかく高卒はダメ。そんな空気の中で、私は周囲に反発し続け、絶対に人の言いなりにならない、自分の道は自分で決める、そんな決意のもと、最終的にはどうなったでしょう。今になってみれば、この日に言った通りのことをほぼ実現していました。さらに、(卒業資格はないものの)大学という名のつく機関にも通ったし、その後は教職にも就きました。親の希望まで図らずも叶えていた、ということになります。


にほんブログ村 その他日記ブログへ
にほんブログ村


にほんブログ村 その他日記ブログ 思い出・過去へ
にほんブログ村

×

非ログインユーザーとして返信する