まだ若いけど・・・遺品整理します

12歳の頃から書いてきた日記が、たまりにたまって400冊。処分する前に、かつての熱い想いをブログ上に残しておこうと思いました。

「中2も終わり」1983.3.25.

3月25日(金)


 みんなは最後まで先生に物投げて、いじめてて。こんなクラスと別れたくないなんて、おかしいね。朝礼に行く前、きーちゃん、サクラ、マーシーちゃんたちと泣いてしまった。。。
 佐川が学級委員として、学校通信にクラス一年間の感想を書いてたんだけどね。。。「林間学校を始めとして、みんな先生に反抗し、協力しようとしなかった。ただ駅伝大会の練習は燃えたので、みんなひとつになれるかと思ったら、雪で中止。残念であった」


 バラバラなクラスだったのに、やっぱり楽しかった。この教室で修二も私も毎日学校生活を送っていたなんて。成長したよ。いいものもらったよ。初恋を授かったよ。


* * * * *


 そうなのです。このクラスは今でいうところの学級崩壊クラスでした。
 この先生は別に問題はなく、以前は生徒たちから慕われていたようなのですが、私たちの受け持ちになって、何かをきっかけに(忘れました)どんどん遠心力を失っていきました。
 けれど上記の通り、何かの折にはわりと団結していたので、まったくバラバラなクラスではなかったのです。林間学校の際には、うちのクラスだけ勝手に肝試しに行ったり、部屋でディスコをしたり、それなりに楽しかったです。一人不登校の子がいたのですが、みんなであれこれ意見を出しあって、彼がまた来てくれるよう、プロジェクトに取り組んでいたような記憶があります。
 それにあの先生が翌年受け持ったクラスは、別に崩壊していなかったと思います。本当にささいなことが重なって、こうなってしまっただけのようでした。
 私も後年いわゆる教職に就いたので、あの先生の苦悩が少しはわかります。私は義務教育のクラスを教えてはいなかったし、毎日顔を合わせるわけでもなかったのですが、生徒たちが私の指示に従ってくれない虚しさは経験しました。感情にまかせて怒鳴ったり、涙を見せたこともありました。いや学校の先生は本当に大変です。ご苦労お察しいたします。




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