まだ若いけど・・・遺品整理します

12歳の頃から書いてきた日記が、たまりにたまって400冊。処分する前に、かつての熱い想いをブログ上に残しておこうと思いました。

「子どもを 信じてほしい」1982.1.29.


1月29日(金)


人   を   信   じ   て   ほ   し   い


今日強く思ったことです


私は 自分の子供を 信じたいです
自分はイヤだって言ったの? 私だってイヤです
あんなこと 言わなけりゃ 私だって イヤだとは言いません


ズボンを汚さない日だって 数えきれないくらいある
ちゃんと洋服を持っていく日だってある あるんだ


悪いことばっか 言わないで
ああいうときは 本気で よごさず食べる
ちゃんと 着がえる って思ってます


そのことを知ってください
信じてください


フ~


未来の Yоkо!
子供を信じなさい!!
イヤだということを 理解しなさい!
食べることぐらい 優先させてあげて! 特に神経質の子は!


いつもという言葉は 毎回毎回ということ
子どもが良い行動をとった時くらい 覚えておいて!


フ・・・今ね、ごはん、お姉ちゃんに持ってきてもらって食べた。


* * * * * * * *


 母親になってみて、私はちゃんと自分の子どもを信じているかと聞かれると、はてどうかな?と考え込んでしまいます。
 かつて子どもだった私は、こんなことを書いていたんですね。ちょっと読むのが遅かったです。娘はすでにティーンエイジャー真っ盛り、反抗期は脱しつつありますが、「ママは信じてくれない!」と泣いて抗議されたことが残念ながら何度かあります。
 今までできなかったのに、今回もできるはずがないと思ってしまうんですよね。経験則というものです。が、本人にしてみれば口惜しくて仕方がないのかも。せっかく今度こそはとやる気になっているのに。
 ただ、金銭が伴うと、私なんぞはつい疑い深くなってしまうのです。信じたばっかりに、また散財させられてはたまったもんじゃない、と思ってしまう。
 愛しい娘よ、どうかこのことで、母の愛を疑わないで。信じてないわけじゃないんです。でも、今までが今までだったので、ついひどいことを言ってしまうのです。


 はっきり言って、私の母はそこまで考えていなかったと思います。感情にまかせて子供を叱り、すべての物事を感情的にはこぶ人でした。

「生理が来た」1982.1.12.


1月12日(火)

 今日、5時50分ごろ、家へ帰って、おやつもらって、着がえて、それでトイレに行ったのです。ひょっとパンツを見たら、赤茶色・・・え、もっもっもしかして、え・・・

「おねえちゃ~ん! ちょっと来て~はやく~」
「え? どこ?」
「トイレ!」
お姉ちゃんが来て、
「ねえ、これなあに・・・もしかして?」
「やーっ、そうだよ、ママ~~!」
 そうなのです。私、生理になったの。大人になったの!
そのあとお姉ちゃんに、ナプキンのつけ方とか色々教えてもらったの。


 なんか信じられない。今おせんべ食べて千春を聞きながら日記を書いてるけど、何もかもがちがう感じ。とにかくおどろいたねー。
 ここんとこ、ずっとおなかや頭がいたかったし、だるかったので、今日もいつもと同じだろうと思ってたの。おりものが出てるのは感じたけど。
 正直いって、早かったな~という気持ち。お姉ちゃんは、2年の夏でしょ。私は1年の冬。「ませやがって」って言われたよ。
 今までは、みんな生理になってるのに、体も大きく、決してようちじゃない私が、なんでならないんだろうと思ってた。でも今こうしてなってみると、私まだこんなにちっちゃいのに・・・って思っちゃう。
 とにかく、おめでとう!


* * * * * * * * * *


 いや~すでに生理の終わった身からすると、こんな日記を読むのはなんともいえない気分です。
 当時は、これでも嬉しかったんです。どうも私は、みんなができることが私だけできないということが多くて、生理もクラスで確か2番目くらいに遅く来たと思います。いちばん最後に残った子に対して優越感を持ったことを思い出します。
 幸い生理痛はひどくなかったものの、その後何十年もの、ナプキンとの付き合い、行動制限、最後のほうにはPMSなども経験し、終わった時は確かに解放感がありました。

「続・なぞの猫」1981.12.3.


12月3日(木)


朝、家を出ました
昨日の夜中じゅう、ずっと泣いてたあの猫
目的地、思い出したかな それとも目が悪いのかな
学校までついてくる
教室で追っぱらって


テストを受け
帰り、そしてまた昨日と同じでした・・・
「お前の口がきけたらねえ・・・」
「きけますよっ!」
「エッ!」
猫はかわいい声でしゃべりだします
「昨日はあれほど泣いたのに、なぜ入れてくれなかったんです?悲しくなりました。あなたはネコがキライなんですね」
イーヨサモホスシ・・・スラシロオーワイ・・・
とつぜん、灰色のけむりがたちのぼり
消えてしまいました


そして一か月後
またやってきた猫に ミルクをあたえて
迷子猫の札をつけてやりました
猫はうれしそうに
イーヨサモホスシ・・・スラシロオーワイ・・・と言いました


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家庭科のテストで、時間があまったから問題用紙のうらに書いたもの。

休みの日も、とにかく忙しいんです


 ブログがせっかく波に乗ったと思っていたのに、また更新が滞ってしまいました。それまでは、仕事が休みの日には必ず更新する!と決めていたのに。
 私は2つの職種、3つの職場で働いており、ひとつは今月は夏休みなのですが、もうひとつは季節と関係ない仕事で、来週だけお休みをいただいています。
 なので今月は、比較的時間があるだろうと思っていたのに。


 先月、離婚が成立したのですが。2年前に別居が始まって以来、離婚を経て今も、どうしてこうも忙しいのか、時々本当に頭をひねって考え込んでしまいます。
 取り組むべき事務処理が常にあるのです。弁護士関係がやっとなくなったと思ったのもつかの間、日々届く郵便物の解読、電気代、電話代、医療保険もろもろの支払い、税金の申告、育児手当申請のための提出書類、不用品の販売、はたまたコロナのせいで色々な払い戻しの請求などなど。手続きに入る前に問い合わせなども必要で、そんなのも含めると本当にやること山積です。来週は旅行へ行く途中で大使館に寄れるので、ついでに離婚届を出しておこうと思ってネットで調べたら、これがまた色々な書類が必要です。
 あーあ、夏休みになったら断捨離しよう、勉強も、スポーツもと思っていたのに。実に忙しい。家にいても、仕事をしているようです。無償の仕事。家事さえままなりません。
 娘は夏休みなので、何か手伝ってほしいのですが、言われるとやりたくなくなるとかで、いや難しいです。その代り、たまに手伝ってくれるとひたすら嬉しいのですが。


 かつては、こういった雑務を夫が引き受けてくれていたということですね。自由と引き換えだと思って、こなしていくしかないのでしょう。
 幸いなことに、今の私には、これらの事務処理を手伝ってくれる人がいます。正確には、どうやったらいいかわからない時にいつでも聞け、かつ手伝ってくれる人です。電話などは代わりにかけてくれ、ものによってはほとんど全部引き受けてくれます。
 これは大きな幸運なのだと肝に銘じて、今後もなんとか切り抜けていきたいです。いつか、時間の余裕ができる日を夢に見ながら。

離婚が成立しました


 2年あまりの別居を経て、先週、離婚が成立しました。地方裁判所には夫と、私たちの仲介をしてくれた弁護士も来て、裁判官の前で判断が下されました。
 私たちは親権についても、養育費や生活費、財産分与についても、ほとんど何も争うことなく、すんなりと決まりました。というのは、この国では離婚後の女性(収入の少ない側)の生活が保護されているからです。別居を決めた時から私は働き始めましたが、それでもこの国は物価が高く、とても娘を養っていけません。その足りない分が元夫から支払われることになります。
 なので離婚の話し合いの際に、1銭でも多く搾りとろうとして必死になる必要はありませんでした。もともと私も、必要最低限の生活ができればそれで良しという人間ですし。


 元夫に対する愛情は、もう残っていません。これ以上一緒に暮らしていくのは無理でした(それでも、同情心はあるというか、気にはしています。元夫の今の状況が、コロナと相まってあまり良くないため)。
 別居を望んだのは私ですが、離婚を言い出したのは夫のほうです。当時の夫は仕事もプライベートもすべてうまくいっていたそうで、「僕は今ハッピーだから、離婚してもいいんだ」と言っていました。なのにほんの数ヶ月で状況は急変したのですが、だからといって離婚を取り消すわけでもなく。まるで手続きを急いでいるようにさえ見えました。


 昨日も元夫と会ってきました。色々と業務連絡があり、手続きにはサインが必要だったりして、連絡はひんぱんにとっていますし、会ってもいます。が、いつまでも私を妻だと思っているらしく、話せばいつも命令口調。会うたびに不快になり、よく言い争いになります。
 この国に来たこと、娘を授かったこと、この2点についてはあの夫の存在なしにはあり得なかったので、本当は感謝の気持ちがあるのです。が、会うたびにイライラして感謝どころではないので、離婚の当日、手紙を渡してその旨を伝えました。別に返事などありませんが。


 元夫のために私ができることは、ただひとつ。ズバリ「再婚」でしょう。そうすれば、私に生活費を払わなくてよくなり、経済的負担がぐんと減るからです。
 または、元夫が新しいパートナーを見つけてくれたなら(そして娘に弟か妹をつくってくれたなら!)、私も気が楽になるのでしょうが。それを言うと「放っておいてくれ」と言われるので、心の中でひそかに願うのみです。